三浦一光の学歴が気になる!コスモス・ベリーズ株式会社の創業者の出身校

三浦一光(83)といえばコスモス・ベリーズ株式会社の創業者であり、これまで数多くの再生案件に取り組んできた、街の電気屋さんの救世主的存在です。

松下電器(現パナソニック)に入社後、いろんな会社にて社長を務めた末にたどり着いたのがコスモス・ベリーズ株式会社の会長でした。

早い段階で社長に就任をしていたわけですが、普通に考えてすごいことかと思います。

一体、どんな学歴を積んで、なにを勉強したらこうなれるんでしょうかね(・_・;)

今回は三浦一光さんの学歴について調べていきます!

三浦一光は高校は岐阜県の高校出身

三浦一光さんの出身地は岐阜県で、高校も岐阜県の高校に通われていました。

しかし、具体的にどの高校か、なんのコースなのかは判明しておりません。

唯一わかっているのが「田舎の高校」であるということ。

これだけでは流石に特定は難しいです。

田舎、とは、、、、ですよね。

山の中だったのか、民家が少なかったのか、はたまた生徒数が少なかったのか。

今後三浦一光さんの話の中で語られることがあれば追記したいと思います(*^^*)

三浦一光が通っていた大学も気になる!

高校は(本人曰く田舎の)岐阜の高校に通われていましたが、大学はどこに通っていたのでしょうか?

なんと、三浦一光さんは高校卒業後は名古屋で商売を始める父親の手伝いをしていたということで、大学に進学はしていません。

意外でした、てっきり大学で現在の礎になったであろうことを学んだのかと思いましたが、、、。

高校卒業後に、父の仕事を手伝いながらにアルバイトをしていたそうです。

そのアルバイト先というのが「松下電器」。

三浦一光さんの職歴はここからスタートしていたんですね。

三浦一光は松下電器のアルバイトだった!?

三浦一光さんはアルバイトにて松下電器で働き、その後1956年に正社員として正式に働きだします。

更に次には西日本ナショナル電気の社長に就任をします。

このステップアップ感はやばいですよね、いきなり社長て。

そんな三浦一光さんのビックリな経歴をまとめて見ました!

【三浦一光さんの経歴】
1956年:松下電器入社(現パナソニック)
1988年:西日本ナショナル電気株式会社 社長就任
1991年:松下エレクトロニクス株式会社初代社長
1995年:松下電器ビデオ事業部再建
1997年:テイチクレコード社長就任
1999年:豊栄家電社長就任
2005年:コスモスベリーズ設立会長就任
2020年:コスモスベリーズ株式会社退任

最初の社長までは役30年間の下積みがあったんですね!

しかし、そこからは責任者・役員のオンパレードです。

中でも、テイチクレコードと豊栄家電は大きな転機だったようです。

三浦一光の経歴がすごい!テイチクレコードを再生の道へ

松下電器の傘下で1961年から1999年まで運営されていた会社であり、これまでの三浦一光さんがやってきた業界とは少し違う音楽業界でした。

急に音楽業界に配属されたわけですが、当時は最悪潰してもいいと言われており、更に年間約20億円ほどの赤字運営をしておりました。

しかし、石原裕次郎や天童よしみ等の今や誰もが知る人物が所属していました。

三浦一光さんはこの歴史ある会社を潰さないために奮起、リストラも含めた大幅な改善を実施していました。

天童よしみは後に紅白歌合戦に出場したり、また1998年のインフルエンザ蔓延防止の魔除けアイテムとしてキーホルダー「よしみちゃん人形」を発売しました。

広い世代に天童よしみが浸透し更にイメージキャラクターにもなり、三浦一光さんの施策もありテイチクレコードは復活を遂げました。

いきなり音楽業界に行ったかと思えば大成功を収めるなんて、三浦一光さんの見る視点がよかったんですよね、すごいです。

当時三浦一光さんに任せた人も驚いたんじゃないんでしょうか笑

三浦一光が豊栄家電からコスモスベリーズへ

三浦一光さんといえばやっぱりコスモスベリーズです。

そして豊栄家電こそがコスモスベリーズの前身の会社にあたります。

社長に就任した時は豊栄家電は年商が低迷していた時期となり、店舗数も最大110店舗まで拡大をしていったところ、58店舗まで減少していた時期です。

テイチクレコードのような復活劇を期待しての配属だったのかもしれませんね。

豊栄家電は「ボランタリーーチェーン」といい、複数のチェーン店が助け合いながらビジネスを行うという事業展開をしており、店同士・店長同士といった横のつながりが強いのが特徴です。

三浦一光さんはこの「横のつながり」を強化することにし、量販店との共同事業や合併を目指して対応していました。

この施策に興味を持って話を持ちかけてくれたのが当時のヤマダ電機の社長の「山田昇」さんでした。

そして豊栄家電はヤマダ電機のコスモス事業部と合併、コスモスベリーズという合併会社が誕生しました。

ヤマダ電機という超強力なバックを得たことで、豊栄家電と関わっていたチェーン店については今も経営を続けることができています。

まさに、テイチクレコード同様救世主になったということですね!

三浦一光さんの経歴に学歴は関係なかった

今回はコスモスベリーズ取締役の三浦一光さんについて書いていきました。

三浦一光さんは数々の事業を復活させ、更にゆく先々で重要なポジションを任されていました。

すごいノウハウを学校できちんと勉強してきたんだろうな、と思ったら、なんと大学には通っていませんでした!

高校卒業は親の仕事を手伝いつつ、最初は松下電器(現パナソニック)のバイトからスタート。

職歴に学歴は(あまり)関係ないということでしょうかね、、、、。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です