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【鬼滅の刃】炭治郎の父の正体は鬼殺隊”柱”?炭十郎の強さの秘密は”呼吸”と”ヒノカミ神楽”

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鬼滅の刃ので主人公である竈門炭治郎といえば作中唯一の「ヒノカミ神楽」の使い手であったり、鬼舞辻無惨の支配を逃れた鬼の妹である禰豆子を連れていたりと、かなりイレギュラー感のある設定ですよね。

色々と謎が多いのですが、、、中でも竈門炭治郎が扱う「ヒノカミ神楽」は気になりポイントですよね。

水の呼吸の型では手も足も出なかった下限の伍「累」相手に超猛攻を仕掛けることができたのはヒノカミ神楽のおかげ。

そしてこのヒノカミ神楽は竈門家に代々伝わっていたということで、炭治郎の父である”炭十郎”も扱うことができたようです。

炭十郎は身体が弱いにも関わらず、極寒の雪の中、深夜から朝まで「ヒノカミ神楽」を舞い続けることができたという。

一体、炭十郎はなにものだったのでしょうか、、、?

今回は竈門炭治郎の父である炭十郎の正体について見ていこうと思います!

もくじ

竈門炭治郎の父”炭十郎”は何者?

炭治郎の父親である炭十郎は、正真正銘の”炭焼き”を営んでいた人物であり、剣士や鬼狩りをしていたわけではないんです。

しかし、炭治郎が累を追い詰めた”ヒノカミ神楽”を使うことができ、かつヒノカミ神楽を朝まで舞うことができていました。

炭治郎は無理やり水の呼吸からヒノカミ神楽の呼吸へ切り替えた為反動で動けなくなってしまいましたが、、、

実は、そうでなくてもヒノカミ神楽を連発するとすぐにダウンしてしまうのです。

炭治郎も相当鍛え上げられていたのですが、それでもヒノカミ神楽はキツイ、、、それを朝までこなすことができる炭十郎とは、一体なにものなのでしょうか?

”炭十郎”は呼吸の使い手だった?

鬼狩りである鬼殺隊はそれぞれの流派があり、その上「全集中の呼吸」と呼ばれる特別な呼吸法と組み合わせ技の精度や威力を増しまくっていました。

そして炭治郎が幼いときに父の炭十郎にどうして寒い中、ずっと踊れるのかを聞いたときに、

どれだけ動いても疲れない息の仕方がある

と、言っていました。

これは明らかに鬼殺隊が使っている「呼吸法」での戦いと通じる者があるということ。

ということでいえば、、、炭治郎が数発放っただけで疲れてしまうヒノカミ神楽を、炭十郎は何発討とうが、朝まででも続けられるということ。

炭十郎はあきらかに「呼吸法」を極めており、「ヒノカミ神楽」を朝までずーっと、舞うことができるようです。

本当にただの炭焼きなのか〜?

”炭十郎”は鬼殺隊だった?

ヒノカミ神楽を朝まで舞い続けることができる呼吸法を知っていた炭十郎。

この呼吸法や「全集中の呼吸」については、鬼殺隊が鬼狩りの際に用いているものであり、会得するのも並大抵のことではありません。

炭治郎も苦労に苦労を重ねて、ようやくの思いで会得することができた程。

実は、父の炭十郎は鬼殺隊だったのでは?

炭十郎は”ヒノカミ神楽”を極めていた!柱と同等の力はあっても不思議じゃない

結論、、、、炭十郎は、鬼殺隊ではなく、炭焼きです。(しつこいようですが笑)

ですが、朝までヒノカミ神楽を舞い続けることができることは、呼吸を含めヒノカミ神楽をマスターしていたということ。

下弦の鬼程度であれば瞬殺、ということでしょう。

更には上弦の鬼ですら倒せる可能性もあります。

当時誰も会得できていなかった”透き通る世界”にも入れていた

炭焼きの炭十郎はヒノカミ神楽、呼吸法だけじゃなく”透き通る世界”に入ることができていました。

透き通る世界は炭治郎が猗窩座との戦いの最中、土壇場で入ることができた世界で、相手が透き通ってスケスケに見える世界。

その世界はどこか次元の違うような感覚となっており全ての動きを見きったかのように遅く見え、そして殺意や憎しみといった「気」がまったくなくなります。

猗窩座はこの「気」を鋭く感じ取り戦っていましたが、突如気がまったくない炭治郎を相手に対処することが出来ず、敗北をしました。

ということは、、、炭十郎はヒノカミ神楽と呼吸で猗窩座をも瞬殺できるほどの実力があったことは否定できません。

”炭柱”ってところですかね、、、恐るべし。

炭十郎の正体は一体?

”炭柱”といっても過言ではない炭焼きの炭十郎ですが、一体正体は何者なのでしょうか。

一介の炭焼きにしてはヒノカミ神楽を舞い、呼吸法も身につけ、更には透き通る世界にも入れていました。

どう考えても普通の炭焼きではないですよね。炭十郎とは一体何者なのか、、、

炭治郎と同じ”耳飾り”をしていた

炭焼きの炭十郎は現在炭治郎が付けている耳飾りを付けていました。

そして、ヒノカミ神楽と耳飾りだけは継承してくれ、と、強く炭治郎に言い聞かせます。

耳飾りとヒノカミ神楽は炭十郎の正体を掴む手がかりとなりそうですよね。

ヒノカミ神楽を極めていた

先程も書いた通り、炭十郎はヒノカミ神楽を極めていました。

修行をつんだ炭治郎でさえ連発するとあっという間に息が上がってしまうヒノカミ神楽を、朝まで続けることが出来ていました。

極めていますね、体力無限じゃないですが、、、

しかし、実はこの「朝まで」ということが今後物語の大きなポイントとなっていました。

こちらはまた別記事にて紹介していこうと思います!

始まりの呼吸の剣士”縁壱”から受け継いでいた

この耳飾りとヒノカミ神楽ですが、実は始まりの呼吸の剣士”縁壱”から受け継いでいたものだということが判明します。

はるか昔に”縁壱”からヒノカミ神楽と耳飾りを竈門家の者が継承し、その後も脈々と竈門家に継承されてきました。

何百年も経つというのに、ヒノカミ神楽の型は全く変わることなくキレイに継承されてきたということ。

始まりの呼吸の剣士”縁壱”から教わったから呼吸法を用いて戦いに応用することができた、ということだったんですね。

そして始まりの呼吸の剣士”縁壱”の扱う「型」こそ、鬼舞辻無惨を倒す唯一の「型」だとは、みんな全然知らなかったんです!

炭十郎が上弦の鬼説がでたが、、?

炭十郎は炭焼を家族で営んでいて昔に子孫が始まりの呼吸の剣士「縁壱」と出会い、代々ヒノカミ神楽と耳飾りを継承してきた一族でした。

しかし、ネットでは「上弦の鬼なのでは?」という声が出てきました。

この声の元になったのは上弦の鬼にどう見ても剣士っぽい男がいることが原因でした。

その鬼というのが、上弦の壱「黒死牟」です。

上弦の鬼ではないが妙な関係性がある

結果として、炭十郎は鬼でもなければ上弦の鬼でもなく、ガチの炭焼を営んでいた男でした。

ただし、その昔に最強の始まりの呼吸の剣士である綠壱からヒノカミ神楽と耳飾りを授かっていた男。

どうしてヒノカミ神楽と耳飾りを受継いでいたのか?

それは祖先の炭吉は鬼に襲われ、そこを綠壱に助けられています。

綠壱は竈門家の生命の恩人だったということですね。

そして上弦の壱の鬼「黒死牟」はというと、綠壱の双子の兄だったんですよね。

竈門家は綠壱に助けられ技と耳飾りを継承し400年以上経った後、生命を繋いだ技と耳飾りを継承した剣士と過去の恩人の兄と闘うことになるという、超奇妙な関係となっております。

まぁ、炭治郎は黒死牟とは戦わないんですが、、、戦ったら炭治郎やられていたんだろうなと思いますよね、、。

炭十郎が強いのは現代の痣者だから?

もう一つ、気になる点が炭十郎には炭治郎と同様に”痣”があるという点です。

炭十郎が強いのは痣があるからでしょうか、、、?

”縁壱”にも痣が。炭十郎の痣はヒノカミ神楽の影響?

かつて存在した最強の呼吸の剣士、”縁壱”にも炭治郎と同様に額に模様のような痣がありました。

ヒノカミ神楽が使える剣士には”縁壱”と同じような痣がでるのでしょうか?

炭治郎にも痣がありましたが、父である炭十郎にも額に痣がありました。

炭十郎の痣は少し違いますが、、、、。

ただ縁壱とそっくりな痣を持つ人物がもう一人います。

今や鬼となってしまった”月の呼吸”の使い手、上弦の壱”黒死牟”です。

彼は縁壱とそっくりな痣を持っていますが、ヒノカミ神楽を使うことはできません。

これを見ると額の痣の形とヒノカミ神楽の呼吸とは関係なさそうです、ね。

柱にも色んな形の痣が発現していますが、どうやら呼吸を極めたものに痣が発現しているようです。

例外があるとしたら竈門家ですかね、呼吸を極めていない炭治郎にも痣が発現していますから。

ヒノカミ神楽の影響の可能性あり!炭十郎の祖先”炭吉”には痣はなかった

始まりの呼吸の剣士である縁壱と最初に接点を持った竈門家の主人”炭吉”。

縁壱と炭吉が出会い、そこからヒノカミ神楽と耳飾りの継承が始まります。

しかし、炭吉には炭十郎のような痣はなく、つんつるてんな顔をしていましたよね。

これはやっぱり”日の呼吸”である”ヒノカミ神楽”の呼吸を習得し、朝まで神楽を舞い続けられるようになったことで身体になにかしらの特性がついたのではないでしょうか。

竈門禰豆子が鬼でありながら人間を食べないでいられたり、毒に効果のある爆血を習得したり、また太陽も克服できたのは、竈門家特有の鬼への耐性がついていた可能性も考えられますよね。

炭十郎は本当は病気じゃなかった?

炭十郎は身体が弱く、若くして病気で亡くなっているということですが

実は病気ではなく、ヒノカミ神楽や呼吸の会得、そして発症した”痣”が原因だったのではないでしょうか。

短命だったのは”ヒノカミ神楽”会得し”痣”を発症したから?

炭十郎は炭治郎や兄弟達がまだ小さいうちに亡くなってしまっています。

しかし、どんなに身体が弱くっても過酷な神楽だけは朝まで舞うことができたようです。

更には死ぬ10日前にも斧1本で巨大なクマを斬り捨てているんですよね。

これって、もうすぐ死期を迎えるただの病人がこんなに動けます??

本当は病気ではなく、呼吸法の会得、更には痣の発症により若くして亡くなったのではないでしょうか。

炭十郎はいつ死んだのか?何歳だった?

ここで気になるのは炭治郎はいつ死んだのか?ということですよね。

痣が出ているのであれば、25歳までに亡くなっているのが定説ですよね。

炭十郎も25歳までに、若くして亡くなったのでしょうか?

炭十郎の享年は少なくとも30前後

炭十郎が死んだ時の年齢ですが、こちらは明確な年齢は公表されておりません。

ですが、作中の出来事を考慮すると恐らく30歳半ばだと考えられます。

先程話にあったクマを倒した時は炭十郎が亡くなる10日前だったということ。

炭治郎が第一話で登場した時の年齢は13歳となっており、この時炭十郎が25歳で亡くなったのだとしたら12歳の時に産まれた子、ということになります。

炭治郎が既に奥さんを貰っていて子供がいるっていうのはちょっと考えにくいですよね。

となると、長男の炭治郎は17、18歳くらいの時に出来た子供なのではないでしょうか。

それから炭治郎が13歳となっていますので、30前後なのはほぼ確定なのではないでしょうか。

となると、痣が出ていたとしても25歳を超えて生きていた計算です。

炭十郎だけが縁壱同様に特別だったのでしょうか、、?

これももしかしたら”透き通る世界”が関係しているかもしれませんね。

死期が早いことを知っていて約束を守り通すため家族をたくさん作っていた?

竈門家は家族が非常に多いんです。

炭治郎は長男で、その下に禰豆子、そしてその下に更に4人の兄弟がいます。

炭治郎の兄弟達
長男:炭治郎
長女:禰豆子
次男:竹雄
次女:花子
三男:茂
四男:六太

炭十郎は身体が弱かったんですが、かなり子沢山ですよね。

これは炭吉と縁壱の二人の約束から始まった「耳飾りを継承させる」ことと「ヒノカミ神楽を継承させる」ことを確実にするために家族を増やしていたのかもれいません。

それにヒノカミ神楽を継承することで身体に負担が掛かり、代々長く生きられなかったのかもしれません。

炭十郎は生命を掛けて子孫を増やし技を継承し、約束を果たそうとしていたのかもしれませんね。

炭十郎は鬼殺隊じゃないが最強の呼吸の使い手だった

今回は炭治郎の父親である炭十郎について見ていきました。

炭十郎は柱でもは鬼殺隊でもありませんでしたが、最強の呼吸であるヒノカミ神楽の使い手でした。

また呼吸も極めており、朝まで延々とヒノカミ神楽を舞うことができるほどの使い手です。

最強の呼吸である縁壱が使っていた呼吸法が代々竈門家にヒノカミ神楽として、耳飾りと共に継承されていた形となります。

炭焼きでありながら最強の呼吸の使い手だなんて、、、、鬼殺隊も真っ青ですね。

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